私は2007年から工学院大学の大学院に進み、2年に渡り後藤研究室での歴史的建造物の調査を中心とする学生生活をおくった。全国の調査地に宿泊するため東京を離れる時間も多かった。私は、地域の個性的なまち、建物を見て描いて、調べ、そこに暮らす人の話を聞く「建物調査」の時間そのものに魅了されていった。
前回の記事にも書かせて頂いたように、今でも既存建物の調査自体が建築を考える原動力となっている。
そういった調査を繰り返しているうちに、プライベートの旅行でも、家の近くの散歩でも地域に馴染む年季の入った建物に魅かれるようになっていった。言い方を変えれば、歴史ある建物や風景が残っている地域や都市を選んで旅や散策をするようになった。
いつの日からかそんな視点を持つようになり、自分が住む入谷、根岸あたりのまちにも自分が反応する「何か」があることに気が付くようになった。昔からそこに在ったと思われる喫茶店、酒屋、美容院、煎餅屋、写真館、銭湯、旅館、長屋、邸宅。歩けば歩くほどこの入谷というまちそのものを楽しむようになった。
田舎から東京に出てくると、意図しなくても暮らし方は変化する。
都市部に住む人で、大きなスペースを専有して暮らす人はなかなかいない。
いわゆる家の中にある内風呂というものも戸建住宅やマンションの中にユニットバスが
入るのが当たり前になる前は希少なものだった。
人はなぜ都市に集まって暮らすのか、そして都市の中で精神的に豊かに暮らすにはどんな方法があるのか。
そんなことを何気なく考えているときに身近に銭湯、喫茶店、お豆腐屋さん、煎餅屋さん、八百屋さんが生活圏の中に残っているということがさらに有難く感じてきたのである。
かつて地域の人たちが日常的に通っていた快哉湯。
現代で上京してマンションの一室に暮らし、地域コミュニティとの関係性を持っていなかった自分がいつの間にか非日常の贅沢、安心を求めていく空間になっていた。
ひとつ屋根の下の銭湯には、長年ここに入られている地元の方、私のような新住民、銭湯空間を求めて来る若者、
近くのゲストハウスに宿泊する海外の旅行者等、多様な人々が交じり合う場となっていた。
中村出